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なぜ《買い物》で欲望を満たすさまは面白い? 高殿円「上流階級 富久丸百貨店外商部III」に見る名場面

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なぜ《買い物》で欲望を満たすさまは面白い? 高殿円「上流階級 富久丸百貨店外商部III」に見る名場面

婦人公論.jp

人をひきつける文章とは? 誰でも手軽に情報発信できる時代だからこそ、「より良い発信をする技法」への需要が高まっています。文筆家の三宅香帆さんは、人々の心を打つ文章を書く鍵は小説の「名場面」の分析にあるといいます。ヒット作『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』の著者の連載。第18回は「買い物」の名場面について……【写真】文筆家の三宅香帆さん* * * * * * *◆がんがんモノを買う場面を読みたい買い物、好きですか。私は好きです。いや、好きだけど悩むことも多い。本や漫画のように、自分が欲しいものがすぐにわかって、比較的ぽんぽん買いやすいものならいいのだが。洋服や靴になると、一気に悩む割合は増える。必要な予算も高けりゃ、身に着ける機会も多い。どうするかな、とものすごく悩む。しかし、だからこそ! 小説の中でくらい! 豪快な買い物が見たい、という欲望はいつまで経っても消えない。がんがんモノを買う場面を読みたい。そしてあわよくば自分も買った気になりたい。豪快なお買い物小説、誰か書いてくれないかなあ、と思うときがよくある。というわけで、ひとつでもこの世に買い物シーンが増えてほしいので、今回は、私が好きな「買い物」の名場面を紹介したい。この世に買い物は数あれど、やっぱり日本で豪快な買い物といえば、デパートですよ。

◆「買い物を通して人生が垣間見える」瞬間の面白さーーーーー「あの、さっき八階でお会いしましたよね。ここの店員さんですか?」驚いて、思わず椅子からずり落ちそうになった。「変なこと聞いてすみません。だけど、もしよかったらいっしょに選んで欲しいんです」 「なにを、選べば……」「強いダイヤ」それが、NIMAさんとの出会いだった。そのとき彼女は、三階の婦人服フロアに仕事帰りに買い物にきているOLのように見えた。着ている服もバッグも靴もとりたてて高価なものではない。けれど、ダイヤを買うんだという強い意志にあふれていて、静緒はそのオーラに圧倒され、すぐに時任さんのもとへお連れした。NIMAさんは、「とにかく強いやつが欲しい」と繰り返した。「圧倒的に強くて、身につけてるだけでMPが回復しそうなヤツが欲しいです。HPも回復するならなおいいです。敵を倒せそうなものが欲しいんです!」静緒と時任さんは顔を見合わせた。NIMAさんが言っている言葉のはしばしに知らないワードが挟まっているが、とにかく彼女がダイヤやジュエリーを身につけることによって、メンタルを立て直したいのだということだけは理解した。先に口火を切ったのは時任さんだった。「ご予算はいかほどで?」その日、NIMAさんは時任さんが薦めた総カラット数七カラットのブルーダイヤ、百二十万円をカードで一括購入した。それから、静緒のすすめで外商の顧客になったNIMAさんは、一ヶ月に一度くらい、急に「強くなれるアイテムが欲しい」と電話をかけてくるようになった。シャネルに連れていけばシャネルのスーツとバッグ、ブーツを「強そう」と気前よく買い、バックヤードでスタッフにあの人は何者だと小声で聞かれる。強い時計が欲しい、と言われロレックスに連れて行けば、「勝てそう」と三百万の新作をぽんと買う。元気になる肉が食べたい、とメールがありすぐに神戸牛の特上を送ったら、次の日に同じ肉があと三セット欲しいと連絡があった。(『上流階級 富久丸百貨店外商部III』高殿円、小学館、p42~44)ーーーーー◆『上流階級 富久丸百貨店外商部』シリーズは、神戸の芦屋にある百貨店を舞台にした、外商員たちの物語である。外商員とは、百貨店にとって特別な顧客――つまりはものすごくお金を使ってくれる顧客に、家に商品を直接持って行ったり、購入のサポートをしたりする販売員のことだ。要はセレブのお客さんに対して特別に配置された販売員。主人公の鮫島静緒は、外商員として勤務している。彼女たちは、さまざまな富豪に出会う。そして買い物を手伝うなかで、それぞれの人生に触れて行く。この作品の、「買い物を通して人生が垣間見える」瞬間がとても面白くて、いうなれば人様のレシートを覗き見ているような気持ちになるのだ。

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